プレスリリース「最小オープンリーディングフレーム「AUG-stop」を介したリボソームを舞台とした新たな遺伝子発現制御機構の発見」(分子生物学研究室 内藤 哲 教授)

 遺伝子の中でタンパク質のアミノ酸配列を規定する領域をオープンリーディングフレーム(ORF)と呼びます。翻訳開始コドン(AUG)と翻訳終止コドン(UAA, UAG, UGAのいずれか)のみからなる配列は,考えうる限り最も小さいORFであり,これまで特別な機能を持つとは考えられていませんでした。私達は,ホウ素濃度が高い条件でmRNAを翻訳すると,リボソームがAUGUAAの配列で停滞し,さらにmRNAを分解してしまうことを見つけました。

 一般に,遺伝子の翻訳開始コドンの上流側は,5′-非翻訳領域(5′-UTR)と呼ばれますが,高等動植物のmRNAの20−50%は,この5′-UTRに小さなORF(上流ORF)を持っています。そして,近年,上流ORFが翻訳されることで,「本体」遺伝子の発現調節を行なっている例が見つかってきています。シロイヌナズナのホウ素輸送体であるNIP5;1は根からのホウ酸の吸収に働いています。NIP5;1 mRNAの5′-UTRには,AUGUAAの配列があり,NIP5;1の発現は,この最も短いORFでリボソームがホウ素濃度依存的に停止することを介した新たな仕組みで制御されていることが分かりました。本研究は,タンパク質合成装置が合成の過程で無機栄養を感知し,その挙動を変えることを通じた遺伝子発現制御機構を初めて示したものです。

 ホウ素は植物の必須元素ですが,高濃度で存在すると毒性を示します。世界にはホウ素欠乏土壌や過剰土壌が広く分布しており,農業上の問題となっています。私達が発見した制御機構は,植物が細胞内のホウ素濃度の恒常性を維持するのに,重要な働きをしていると考えられます。

 なお,ホウ酸は,ホウ酸塩の形で作用している可能性がありますので,本文中ではホウ素と記しました。

公表雑誌:The Plant Cell, doi:10.1105/tpc.16.00481
北大プレスリリース http://www.hokudai.ac.jp/news/161021_farm_pr.pdf