農学部長・農学院長・農学研究院長 久保友彦

 北海道大学農学部・大学院農学院・大学院農学研究院(以下、北大農学部と総称)の始まりは1876年に開校した札幌農学校です。開校当初はクラーク博士と彼がスカウトしたスタッフがアメリカのスタイルをそのまま持ち込み指導にあたりました。そこでは農業技術にとどまらず、自然科学における諸分野の基礎、語学あるいは今でいう体育のような授業が行われていました。そうした独特な教育環境と北海道という風土が多くの個性的な若者を惹きつけ、やがて他に類を見ないような独特な学風が形成されていきました。そこから世界で活躍する人材が数多く輩出されています。札幌農学校で先人が築いた学風が現在まで途切れることなく続いていることを私たち北大農学部のスタッフは誇りに思っています。

 札幌農学校より今に至るまで、北大農学部は北海道に軸足を置いて研究を進めてきました。実験室から一歩外に出るならばすぐそこに広大なフィールドがあります。北海道は我が国有数の食糧基地であり、加えて豊かで広大な自然が残されています。北大農学部ではこれらのすべてを研究対象とすることができます。ミクロな機構からマクロな現象まで、その視座は縦横無尽に行き来することが可能です。時には、研究者や学生は北海道を飛び出していきます。そして彼の地には何があるのか、何が起こっているのかを理解した上で問題解決に繋げていきます。こうした学問のスタイルは北海道大学が掲げる理念の一つ「実学(現実にあるものを対象とする学問)の重視」を体現していると言ってよいでしょう。

 農学は時代の要請を受けて少しずつ姿を変えてきた学問です。何をもって農学の始まりとするかは議論のあるところですが、おそらくは農業生産に関するノウハウの記録が起源ではないかと思われます。その後、農学は近代科学の成果を取り入れ学問的に深化しつつその範囲を広げていきました。その過程で農学の成果に基づく数多くの提案が成功を収め人類の生存や幸福に貢献したことは間違いありません。一方で、失敗があったことも忘れてはなりません。農学には未だ世界を理想郷に変える力はないのです。ゆえに私たちは失敗からも学ばなければなりません。過ちを繰り返さないために重要なことは過去の失敗に対しても科学的な態度を崩すことなく向き合い、そこから後世に残すべき教訓を得ることではないかと思います。そうしてみると、肝心なのは科学的な見方や考え方を身につけることではないでしょうか。現在、北大農学部では、学部教育を生物資源科学、応用生命科学、生物機能化学、森林科学、畜産科学、生物環境工学、および農業経済学の7つの学科、そして大学院を生産フロンティアコース、生命フロンティアコース、および環境フロンティアコースの3コースが担っています。各々の扱う事物は互いに異なりますが、いずれにおいても実学をその是とする科学トレーニングの場であることは疑いないでしょう。特に大学院においては細分化された専門分野をあえて大きくまとめ、視野を広げられるような工夫が施されています。

 現代社会においては、気候変動、世界情勢の変化、社会の変容あるいは想像を超えたテクノロジーの進化などが人類の幸福と持続的な発展を脅かすのではないかと危惧されており、いくつかはすでに差し迫った問題になっています。ここで求められるのは問題の解であると同時に、科学の素養を持ちながら質の高い判断を下すことができる人材でしょう。北大農学部は農学分野の教育研究を通じて社会の要請に応え、世界の未来を支えていきます。