農学部長・農学院長・農学研究院長 野口 伸

 北海道大学大学院農学研究院・農学院・農学部の源は札幌農学校にあります。札幌農学校は、1876年に日本で最初に「学士の学位を授与する近代的大学」として設立されました。その後、東北帝国大学農科大学、北海道帝国大学、そして現在の北海道大学へと発展しました。本年で創基147年になりますが、この間、大学院農学研究院・農学院・農学部は、衣食住を含む人類の生存に不可欠な要素を考究する学問と位置づけ、これまで多くの優秀な人材を輩出してきました。

 今日の日本農業の課題に農業人口減少と高齢化の進行、そして耕作放棄地や遊休農地の増加により生産性が低下し、多大な食料を輸入に頼らざるを得ない状況にあることがあげられます。我が国の現在のカロリーベースの食料自給率は38%であることは、農業が国民から付託された使命から判断して改善すべき課題でしょう。また、農業の弱体化とともに進んでいる農村の疲弊は、国土の保全機能、景観維持機能、保健休養機能など多様な公益機能を失うことになります。また、世界に目を転じると世界人口はいま80億人、2050年には97億人、そして2100年には100億人を超えると予測されています。その時の世界の食料需要は現在の60%増との推計があり,今後世界の食料の需給バランスは崩れ,食料不足になるとされています。この人口の増加とともに近年地球温暖化、干ばつ、砂漠化など環境問題が深刻化する中で、地球規模の持続的な食料生産を実現するためには人類の英知を結集して課題解決を図る必要があります。地球上の限られた資源を有効利用して人類が持続的に生存していくためには食料問題と環境問題の解決が極めて重要です。そのため、農学研究院・農学院・農学部では目指す教育研究理念を「生物圏に立脚した生存基盤の確立を通して、人類の持続的繁栄に貢献する」と定めて、多面的な教育研究を推進し、食料・資源・エネルギー・環境に関する地球規模の問題解決と地域の農林業およびその関連産業の持続的発展に貢献できる知識と技術を有する人材の育成、そして課題解決に資する研究や技術開発を進めています。

 近代農学は他の自然科学同様、現象を要素還元的な思考方法によって理解しようとする学術分野の細分化によって発展してきました。しかしながら、近年、このような要素還元主義的なアプローチでは地球規模の食料の偏在・不足、地球温暖化の進行、生態環境の破壊、食品の安全性の確保等の課題を解決することは困難であることが明らかになっています。社会を含む複雑な課題の解決には自然科学系の「専門知」だけでなく、倫理的・法的・社会的な課題を取り扱っている社会科学系も含めた多様な知の融合「総合知」が必要です。この「総合知」の創出・活用ができる教育研究組織を有しているのが農学部・農学院・農学研究院です。農学部は、生物資源科学、応用生命科学、生物機能化学、森林科学、畜産科学、生物環境工学、農業経済学の7学科から構成されています。農学院は、農学専攻1専攻として生産フロンティアコース、生命フロンティアコース、環境フロンティアコースの3コース大括り化を進め、細分化された専門領域の連携と視野の広い人材育成を意識した組織にしています。さらに農学院には英語特別コース「Global Education Program for AgriScience Frontiers」を設置しています。このプログラムは食農・健康・環境などの分野のグローバル化・ボーダーレス化に対応できる高度専門職業人の養成を目指しており、英語による教育プログラムです。また、農学研究院には基盤研究部門に加え、連携研究部門を設けて文理融合・社会共創体制を整備することで社会・地域・国際連携の強化を図っています。

 北海道大学大学院農学研究院・農学院・農学部は、豊かな自然環境に恵まれた日本の食料基地である北海道のフィールドを背景に、農学の教育研究を通して人類の幸福と持続的な発展に貢献しています。