科研費・学術変革領域研究(B)
(2023ー2025年度)

農学研究院 鈴木 栞 助教(木材化学研究室)

背景・目的

 「活イオン液体」は、目的とする化学反応に寄与するイオン、「活イオン」を“高濃度”に含む新奇液体材料群として、本領域「活イオン液体の科学」(領域番号:23H03824)で新たに提案された物質群です。イオン液体を含め、従来の液体はモノを溶かし拡散する「溶媒」の役割を担います。化学反応を起こす場合は、反応基質を溶解した「溶液」の状態を取ります。しかし、系によっては、反応に寄与しない自由溶媒が、基質の反応を阻害します。一方、活イオン液体は、反応に寄与する活イオンを含む“塩”を超高濃度に溶解し、全ての溶媒分子をイオンに配位(溶媒和)させる分子設計を施すことで、反応活性を最大限に高めた液体として定義されます。具体的には、電池の充放電などの電気化学反応に寄与するイオンを含む塩(電解質)に、極少量の溶媒(有機溶媒/水)を加えた塩溶液(電解液)が、活イオン液体に相当します。この活イオン液体は、塩を過剰の溶媒で希釈した「溶液」と、塩を低融点化して究極的にイオン濃度を高めた「イオン液体」の境界領域に位置するにも関わらず、反応活性が異様に高いことが報告されています(Y. Yamada et al. J. Am. Chem. Soc. 136, 5039, 2014)。

 活イオン液体が提供する、活イオンが濃縮された特殊反応場、「活イオンリッチ反応場」の優れた反応活性の用途展開は電気化学にとどまらず、無機化学や有機化学などを含めた幅広い分野における新しい「溶媒」や「触媒」として期待されています(1)。本研究では、有機化学・生化学における新たな概念として「活イオン」を定義し、植物を構成する天然高分子(セルロースやリグニンなど)、酵素や細胞を構成する生体高分子(主に、タンパク)、薬理作用をもつ低分子化合物などの“有機物”に関わる科学全般に対して革新的な有機化学反応場「活イオンリッチ反応場」の創出を目指します。

図1.従来の「溶液」と「イオン液体」の境界領域に広がる融合・変革的液体材料群「活イオン液体」の科学を展開する本領域研究の一研究計画班(B02班)として、有機化学や生化学分野における「活イオン液体」の基礎・応用研究に従事します.

研究内容

 本研究では、①難溶性の有機物の「溶解能」、②有機化学反応における「触媒能」の観点から活イオンを定義し、活イオン液体の構造的特長と機能を明確化します。具体的には、当該分野における活イオンを、①目的の有機物を溶解(溶媒和)するイオン、②触媒として機能するイオンのうち、目的の反応(主反応)を触媒するイオン、として定義します。液体界面の活量や構造解析に特化した分析班と連携し、活イオン液体ないし高濃度の活イオンが最大限に活躍する「活イオンリッチ反応場」における溶解・触媒反応機構を分子レベルで解明します。多様な用途に応じた活イオン液体の構造設計指針を構築し、有機化学・生化学分野への波及を促します。

期待される成果

 水や有機溶媒に難溶であるために、望ましい化学加工・成形を行えず、用途が限定的な天然高分子や、薬理効果の検証試験すら行えず、捨て置かれていた低分子の有機化合物はたくさんあります。また、副反応の存在により目的の生成物の収率が低かったり、溶媒が揮発して環境に負荷を与えたり、不慮の爆発事故が起こる可能性をもつなど、コスト・エネルギー面だけでなく、環境負荷や安全面に課題を抱え、実用化に至らない化学反応プロセスも数多く存在します。本研究では、セルロースや木材、薬用有効成分などの難溶性有機物の迅速かつ高濃度な溶解や、高選択的で効率的である一方で、環境負荷が低く安全性の高い有機触媒反応を実現する「活イオンリッチ有機化学反応場」の創成を目指します。これにより、例えば、木質バイオマス由来の新たな高分子材料やその製造プロセスの開発、新薬の発見・創出などに貢献することが期待されます。