農学研究院 鈴木 卓 教授(園芸学研究室)

 リンゴのみつ症果は、日本ナシのそれとは異なり商品価値が高い。しかし、みつ症果の発生は品種間差および年次間差が大きいため、安定したみつ症果生産は現状では難しい。筆者らは、Cryo走査型電子顕微鏡による観察を行い、「みつ組織」は細胞間隙が水溶液で満たされていることを明らかにした(図1)。この「みつ組織」は、収穫直前の果実内で発達し貯蔵期間中に消失することから、⑴果梗部を通した樹液流動の難易(篩部液が果実に流入する際の果梗部通導抵抗)、または⑵果肉細胞間隙にオーバーフローした篩部腋の果肉細胞内への取り込み能力に品種間差があり、この何れかがみつ症果発生の主要因であるという仮説を立てた。

図1.リンゴ果実におけるみつ症および非みつ症組織のCryo走査型電子顕微鏡による観察像の比較。矢印は細胞間隙、*は細胞間隙の氷晶を示す。

 植物の篩部における物質輸送(糖類などの転流)は、細胞内を通り原形質連絡を経由するシンプラストローディングと、細胞間隙を通るアポプラストローディングの2種類が知られている。前述のとおり、リンゴみつ症果の「みつ組織」では細胞間隙に水溶液が充満した状態を呈しており、これはアポプラストローディングによって運ばれた篩部液がオーバーフローしてできたものと理解できる。オーバーフローの原因は、流入量過多または果肉細胞における取り込み能力低下の何れかである。従って、みつ症果発生の難易(品種間差)は、これら2つの能力の違いを反映している可能性があり、この点を実証できればみつ症果発生原因の解明に繋がる。

図2. 人工的みつ症果作出実験の模式図.
図3.果梗部から流入させた染色剤の分布(左:‘王林’、右:‘こうとく’)

 これらの仮説を検証するため、⑴圃場試験(全面マルチと潅水制限および針金リング)を実施し、みつ症果発生に及ぼす影響を評価する。⑵プレッシャーチャンバーを用いてソルビトール溶液を果梗部から果実内に浸透させ、人為的にみつ症果発生の再現(および品種間差の確認)を試みる(図2および3)とともに、⑶みつ症果を発生しやすい品種と全く発生しない品種の間で、果梗部から果実に至る維管束組織の微細構造並びに細胞膜にあって水および糖の出入りを各々調節するaquaporinおよびsugar transporterの果実内分布を比較する。また、⑷sorbitolからsucrose合成に至る酵素の活性および遺伝子発現の違いを比較するとともに、その活性部位をMALDI-TOF MS imaging で可視化する(図4)。
 そして、これらの知見に基づき、みつ症果発生を人為的に制御する栽培技術の確立に応用したいと考えている。

図4.リンゴ果肉組織におけるsorbitolおよびsucrose分布のMALDI-TOF MS imagingによる可視化。