科研費・基盤研究(A)
(21H04730、2021-2025年度)

農学研究院 浦木 康光 教授(木材化学研究室)

研究の背景と目的

 木化に関わるリグニン研究では、研究の黎明期から下記の“問い”が議論され、現在でも解明すべき重要な事項とされています。

(i) モノリグノールを酸化し、重合を進行させる樹木中の酵素は何か?
(ii) 上記の酵素は高分子リグニンを酸化し、更なる巨大分子化を進行させるか?
(iii) なぜ、天然リグニンはb-O-4結合という単位間結合に富むか?

 リグニンは、酵素(オキシダーゼあるいはペルオキシダーゼ)がリグニンのモノマーであるモノリグノールから水素を引き抜き、その結果生じた5種類のラジカル共鳴体のランダムカップリングにより形成される重合体と推定されています。これまで、人工的にリグニンを作製する研究では、ウルシのラッカーゼ(オキシダーゼの一種)や西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)が使用され、木材由来の酵素は不明でした。しかし、近年、九州大学の堤教授(研究分担者)が、ポプラの細胞壁に結合して存在するペルオキシダーゼ(CWPO-C)を発見し、その単離・精製に成功しました。この酵素の単離により、上記の問い(i)と(ii)に対する解答を与えることができました。そこで、本課題研究では「問い(iii)」に対応する解答として、リグニン形成過程の成長反応とその反応場との関係、言い換えれば、リグニン形成時に共存する多糖類の“木化”に及ぼす影響を明確化することで、リグニンの構造を決定する因子と機構を明らかにすることを目的としています。

研究内容と手法

 本研究では、天然の細胞壁形成過程を模倣した“人工細胞壁”を段階的に創製し、この創出過程を分析することで、リグニンの形成と多糖類との関係を明らかにします。具体的には、細胞壁形成の第1段階は、細胞膜上にセルロースとヘミセルロースから成る多糖類マトリックスを形成します。このマトリックス中に、酵素とモノリグノールが供給され、木化が始まります。したがって、“人工細胞壁形成”の第1段階は、セルロースと木材などから単離した種々のヘミセルロースとで人工多糖類マトリックスを調製し、第2段階として、CWPO-Cをマトリックスに結合させ、最終段階として、モノリグノールを供給してリグニン形成を促すという研究手法を用います。各段階での物質間相互作用の解明、最終的なリグニンの形成量や形状、化学構造の解析から、“木化の過程”を明らかにします。

期待される成果

 初年度の研究で、キシランというヘミセルロースはリグニン形成量を増やし、さらに、b-O-4結合の割合も増加させる一方で、グルコマンナンというヘミセルロースはリグニン形成を阻害するという結果を得ました。また、1次壁に特有のキシログルカンというヘミセルロースが、縮合構造(5-5’結合)に富むリグニンを多量に形成することを見出し、1次壁に存在するリグニンの特性がキシログルカンにより発現していることが明らかになりました(Cellulose, 28, 9907, 2021)。現在は、ヘミセルロース中にわずかに存在するアセチル基がリグニン形成に及ぼす影響を調べています。
 このように研究が進展すると、これまで存在や構造は知られていたが、“木化”との関係が不明確であったヘミセルロースの機能の解明につながり、将来的には、ヘミセルロースの種類や存在量を制御することによって、樹木中のリグニンの化学構造も人為的に制御できる時代が到来するかもしれません。これにより、新たなリグニン材料の創出や低コストの紙・パルプの製造法の開発に貢献することが期待されます。