農学研究院 小関 成樹 教授(食品加工工学研究室)

 

 自然界で生じ得る食中毒細菌の交差汚染を中核とする食品汚染状態を再現する実験系を構築し、実態に即した食品汚染細菌の製造、流通、調理、喫食後の各過程における増殖/死滅挙動を定量的に明らかにし、予測可能とすることを目的とする。従来,実験室の良好な環境下で増菌培養された細菌を対象に、その増殖/死滅の特性が検討されてきたが、本研究では自然環境下において、乾燥や貧栄養の極度のストレス下で生残する細菌細胞の食品上での動態を解明する。得られた細菌挙動データをベイズ統計手法により確率論的に評価可能とする数理モデルを開発し、開発したモデルを基盤に食中毒発症リスクを予測評価可能とするシミュレーション手法を開発する。

図1.青果物への食中毒細菌の推定される汚染経路。通常自然界では乾燥・貧栄養の状態で生残している細菌が交差汚染を含む間接的な経路で青果物を汚染する。Beuchat (1996). J.Prot. 59: 204-216. より改変

 現在、食中毒細菌のリスク評価に用いられている学術研究成果の大部分は、実験室で人工的に培養された細菌細胞を食品に接種して得られた増殖/死滅特性を基盤としている。しかし、現実の自然界で生じ得る細菌の汚染状況とは細菌細胞の生理状態が大きく異なる(図1)。すなわち、様々な環境ストレス(貧栄養、乾燥、低温等)耐性を有する自然界で生存している細菌細胞の特性は反映されていない。現実世界で生じ得る食中毒細菌の食品への汚染、加工、流通、調理、さらには喫食後の人体内での生存挙動をも解明、把握し、その挙動データを基盤として数理予測モデルを構築することは、より現実に即した適切なリスク評価を遂行する上で必要不可欠な情報である。

 従来のリスク評価に用いられてきた学術研究成果から予測される食中毒発症リスクと、現実の食中毒発症事例との間には少なからず乖離がある。この乖離の大きな原因の一つとして、これまでに報告されている食品上での食中毒細菌の挙動の実験検証方法の問題がある。本研究では、現実自然界で起こり得る厳しい環境条件下で生き抜く細菌細胞を調製して、より現実に近い状況での食中毒細菌の食品上での動態、さらには人体内での消化過程における動態を明らかにする。これによって、従来のリスク評価での現実との乖離を縮小して、より現実世界を反映した食中毒リスク評価を可能とする。