独立行政法人環境再生保全機構・環境研究総合推進費(令和4年3月31日終了)
参加機関:北海道大学(農学研究院・北方生物圏フィールド科学センター)、東北大学、
     海洋研究開発機構、京都大学、琉球大学
協力機関:国立環境研究所

農学研究院 加藤 知道 准教授(陸域生態系モデリング研究室)

研究の背景と目的

 人工衛星GOSAT-2(環境省/JAXA) によって観測されている太陽光誘起クロロフィル蛍光(SIF)は生態系光合成量(=生態系CO2吸収量)の高精度な推定に利用できると考えられているが、そのSIF観測精度を長期的にさまざまな生態系タイプにおいて検証するための地上観測データが非常に乏しいという問題があった。そこで研究代表者らは、環境研究総合推進費(若手枠2RF-1601;代表:加藤知道、2016-2018年度)でSIFの包括的モデルの開発を進め、落葉広葉林サイト(岐阜県高山市)での検証を進めてきた。しかし、より利用可能性を高めるためには、多様な生態系タイプをカバーする地上SIF観測データを整備し、開発したモデルをしたSIF検証体制を強化することが重要との考えに至った。本研究では、現在個別に整いつつある地上SIF観測サイトを集約・拡大するとともに個葉・放射伝達モデルのさらなる改良を行い、様々な生態系タイプにおいてGOSAT-2からのSIFデータを検証・評価することよって、SIFによる生態系光合成量の推定精度を向上させること目的とする。

研究の方法

 衛星や航空機観測などのリモートセンシング観測において、GOSAT1号機/2号機、OCO-2/3、GOME-2、TROPOMIなど2010年頃から太陽光によって誘起されるクロロフィル蛍光(SIF)の観測データが利用できるようになってきた。しかしながら衛星や地上観測で得られるSIFと同じ太陽天頂角―観測幾何条件で観測したものではなく、観測日時における、太陽天頂角・センサの走査角に依存する。また地上SIFデータは、観測手法が研究プロジェクトによって様々であり、コサインコレクタによる下半球からの分光放射照度測定を計測する方法や狭視野角(視野角25°程度)による特定の天頂角・方位角における観測値などがある。
 そこでGOSAT-2によるSIFプロダクトの特性を統合的に検証するために、既存の地上SIF観測サイト(寒帯-温帯の4サイト)のデータベースを構築すると共に、新たな熱帯サイトを立ち上げる(図2)。さらに個葉におけるSIFの生成・放出を計算する光合成モデルの改良及び、その個葉から放出されたSIFが生態系内外に輸送される過程を計算する3次元放射伝達モデルを利用し、GOSAT-2の様々なSIFプロダクトを利用した生態系光合成量(Gross Primary Production, GPP)の推定を可能にするための指針(SIFの標準化)を示す。

期待される成果と意義

 地上SIF観測については、本計画範囲の5サイト(既設4サイト+新規1サイト)と、他個別研究による4サイトが追加され、合計9サイト分の高解像度分光放射計によるデータベースを構築することができた(図2)。それによりGOSAT-2のSIFが、地上SIFと同じレベルの信号強度や季節変化を測定していることを示し、検証ができる体制を構築することができた(図3)。また個葉光合成モデルについては、室内・野外実験によって、さまざまなストレスや植物種類に対応できるようにモデルが改良され、3次元放射伝達モデルFLiES-SIFで利用可能になっている。最後に、これまで開発してきたFLiES-SIFをさらに改良しSIFデータからGPPを推定するアルゴリズムを開発し、日本周辺域で適用し2019年におけるGPP分布推定をGOSAT-2及びTROPOMI(GOSAT-GWの模擬データ)で行った(図4)。さらに温帯落葉広葉樹林と水田サイトにおいて衛星GOSAT-2を利用してGPPの季節変化を良く推定することに成功した。今回開発したアルゴリズムは、国内だけではなく全球に適用できるものである。今後は、アジアから全球スケールでのGPP推定へと研究を展開させていく予定である。

 

研究プロジェクトメンバー

研究代表者

  • 加藤 知道(北海道大学・大学院農学研究院・准教授)

研究分担者

  • 彦坂 幸毅(東北大学・生命科学研究科・教授)

  • 小林 秀樹(国立研究開発法人海洋研究開発機構・地球環境部門・北極環境変動総合研究センター・北極化学物質循環研究グループ・グループリーダー代理)

  • 小杉 緑子(京都大学・農学研究科・教授)

  • 中路 達郎(北海道大学・北方生物圏フィールド科学センター・准教授)

  • 松本 一穂(琉球大学・農学部・准教授)

研究協力者

  • 野田 響(国立環境研究所・地球システム領域(衛星観測研究室)・主任研究員)

研究成果の発表状況

<査読付き論文>

  1. Nakashima N., Kato T., Morozumi T., Tsujimoto K., Akitsu T.K., Nasahara K.N., Murayama S., Muraoka H. and Noda H.M., 2021: Area-ratio Fraunhofer line depth (aFLD) method approach to estimate solar-induced chlorophyll fluorescence in low spectral resolution spectra in a cool-temperate deciduous broadleaf forest. Journal of Plant Research, 134, 713–728. https://doi.org/10.1007/s10265-021-01322-3
  2. Sakai Y, Kobayashi H, Kato T, 2020: FLiES-SIF version 1.0: three-dimensional radiative transfer model for estimating solar induced fluorescence, Geoscientific Model Development 13 (9), 4041-4066
  3. Hikosaka K (2021) Photosynthesis, chlorophyll fluorescence and photochemical reflectance index in photoinhibited leaves. Functional Plant Biology, 48:815–826. 10.1071/FP20365
  4. Tsujimoto K, Hikosaka K (2021) Estimating leaf photosynthesis of C3 plants grown under different environments from pigment index, photochemical reflectance index, and chlorophyll fluorescence. Photosynthesis Research, 148: 33–46. 10.1007/s11120-021-00833-3
  5. Hikosaka K, Tsujimoto K (2021) Linking remote sensing parameters to CO2 assimilation rates at a leaf scale. Journal of Plant Research, 134:695–711. 10.1007/s10265-021-01313-4
  6. Kohzuma K, Tamaki M, Hikosaka K (2021) Corrected photochemical reflectance index (PRI) is an effective tool for detecting environmental stresses in agricultural crops under light conditions. Journal of Plant Research, 134:683–694. 10.1007/s10265-021-01316-1  
  7. Kohzuma K, Sonoike K, Hikosaka K (2021) Imaging, screening and remote sensing of photosynthetic activity and stress responses. Journal of Plant Research, 134:649–651. https://doi.org/10.1007/s10265-021-01324-1

<知的財産権>

  1. Kobayashi, Hideki, & Sakai, Yuma. (2019, December 20). FLiES-SIF version 1.0 (Version Version 1.0). Zenodo. http://doi.org/10.5281/zenodo.3584099. (CC BY 4.0) *開発コードのパブリックライセンス取得しZenodoで公開中

 

図1 研究チームの概要
図2 地上SIF観測ネットワーク
図3 (右)アラスカフェアバンクス、高山、真瀬に相当する地点について観測されたGOSAT-2衛星SIFプロダクトの1-2年分の季節変化とその平滑曲線(赤線)。(左)衛星観測と地上観測の同期サンプルについての月平均SIFの相関。赤線で線形回帰、灰色は上下誤差範囲についてSEを示した。斜めの黒実線は1:1を示す。Rは相関係数、RMSEは平均二乗偏差、βは線形回帰の傾き係数、CVRMSEは変動係数を百分率で示した。
図4 GOSAT-2(上)とTROPOMI(下)のSIFデータによる日本周辺の光合成推定マップ(5月、7月、9月、11月の結果を抜粋)。日中13時付近の推定値。2019年3月〜12月まで推定結果を月ごとに取りまとめて表示。