科研費・学術変革領域(A) デジタルバイオスフェア:
地球環境を守るための統合生物圏科学(領域代表:伊藤昭彦)・C02計画班代表(2021~2025年度)
参加機関:北海道大学農学研究院、海洋研究開発機構

農学研究院 加藤 知道 准教授(陸域生態系モデリング研究室)

研究の背景と目的

 陸域・海洋生態系は気候変動によって生じる環境変動を緩和する作用を持つ一方で、生態系物質循環–気候変動の間に存在する正のフィードバックにより、環境変化をさらに悪化させる危険性もある。それは人類の生活基盤を大きく損ない、ひいては世界の安全保障を脅かす。そこで持続的な社会を構築するためには、過去・現在・将来における生態系環境応答が気候変動に与えるインパクトを解明しておくことが非常に重要である。しかしながら、生物圏-気候間の相互作用をグローバルに直接的に定量する地球システムモデル(陸域・海洋生態系物質循環+大気・海洋・陸面物理過程)を利用するためには、高度な生態学専門知識・計算技術・計算資源のすべてが必要である。またその出力結果は、種類・容量が膨大であり解析が容易でないため、有効に利用されていない問題がある。そこで本研究では、①最先端の地球システムモデルによるシミュレーション実験、②最新のマルチ地球システムモデル出力結果の解析を行い、グローバルな生態系環境適応が気候へ与えるフィードバックを解明する。これにより持続的社会を構築するための適応策に貢献できる。

研究の方法

テーマ① 地球システムモデルによる陸域・海洋生態系の環境応答が気候へ与える影響の解明
環境変化に対する生態系の順化・応答過程が、気候にどのようなフィードバックをするのかを定量化するため、陸域および海洋生態系の物質循環プロセスが含まれる我が国で開発されているフラッグシップ地球システムモデルMIROC-ES2L(海洋研究開発機構/国立環境研究所/東大大気海洋研; Hajima et al., 2020)に対し、より詳細な生理生態スキームを導入する。例えば植物の光合成や呼吸速度は環境変化に対して順化することが知られており(Kattge and Knorr 2007 Plant Cell Env.)、この効果が将来の陸域炭素シンクを40%ほど向上さるという先行研究もある(Lambardozzi et al. 2015, Geophy. Res. Lett.)。一方で、植物は環境変化に対する感受性を低下させるという報告もあり(Sperry et al. 2019, PNAS)、このような相反する生理生態的応答が、全球気候にどのようなフィードバックをもたらしているのかは定かではない。そこで、陸域生態系については環境適応に関するパラメータ・モジュール(短時間の順化(光合成・呼吸の温度・CO2・養分に対する感受性低下)と長時間の適応(正味生態系CO2吸収量の変化)過程等を導入し、実験することによりこの定量を行う。海洋生態系については、生息環境に応じて栄養塩同化と生産力を動的にすることにより、一次生産者の最適な成長速度の表現を可能とするプロセスを導入する。モデル実験は、まず状態変数を定常化させる”スピンアップ”(1000年間)を行い、これに続いて過去再現(1850-2014年)と将来予測(2015-2100年)を行う。

テーマ② CMIP6データベースを利用した陸域・海洋生態系の環境応答に関するマルチ地球システムモデル結果解析
(1)大気CO2濃度、気候、栄養塩供給等に対する生態系応答についてのマルチモデル解析:過去再現・将来予測といった通常のシミュレーションでは、大気CO2濃度、気候、栄養塩供給等に対するそれぞれの応答が混在するが、気候モデル間比較プロジェクトCMIP6ではこれら要素別の影響を切り分けた各種実験結果(Jones et al. 2016 Geosci. Model Dev.等)を公開しており、それらから例えば大気CO2濃度にともなって温暖化は生じるが、生態系が感知する大気CO2濃度は一定のままであるという仮想的な実験を行う。モデル比較を実施することにより、モデルに依存しないロバストな生態系応答を抽出するとともに、より不確実性の高いプロセスを同定する。

期待される成果と意義

 本研究で使用する地球システムモデルは、陸域または海洋生態系のみで構成される単体モデルに比べて空間解像度は粗いものの、大気–海洋–陸域間での各種相互作用を明示的に扱うことが可能(例:温暖化にともなって生態系変動が生じると、海陸の炭素シンクが変化することによってさらなる大気CO2濃度と気候変動を生じる等)であり、研究遂行上の最大の特徴である。さらに地球物理学分野で発達したこのようなモデルを、申請者らの「生物系研究者」が改良・運用していくことにも、従来にはない意義がある。

 気候モデル間比較プロジェクトCMIP6では、十数個の地球システムモデル(BCC-ESM1(中国北京気候センター), CESM2-WACCM(米NCAR), CNRM-ESM2(仏国立気候研究センター), GFDL-ESM4(米NOAA地球物理流体力学研究所), HadGEM3, UKESM1((英ハドレーセンター), MIROC-ES2L(日本JAMSTEC/東大/NIES), MPI-ESM1.2(独マックスプランク研究所)等)による計算結果を公開している。これらは実験規約に基づいた数十を超えるシナリオ (共有社会経路SSPシナリオ、過去の歴史的再現、CO2濃度1%増加等)から成り立っており、地域・物質循環変数ごとの検証やモデル感度分析を行い、現象の不確実性を検証できることに非常に意義がある。一方でその膨大なデータ容量(数十テラバイト)と広範なテーマを取り扱うためには、横断的な知見や技術を備える本研究が必要である。

地球システムモデルMIROC-ES2Lの概要

研究プロジェクトメンバー

C02計画班 研究代表者

  • 加藤 知道 (北海道大学・大学院農学研究院・准教授)

C02計画班 研究分担者 

  • 相田 真希 (海洋研究開発機構・地球表層システム研究センター・グループリーダー)
  • 羽島 知洋 (海洋研究開発機構・環境変動予測研究センター・グループリーダー代理)
  • 立入 郁  (海洋研究開発機構・環境変動予測研究センター・グループリーダー)

ウェブサイト

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