農学研究院 山田 哲也 講師(植物遺伝資源学研究室)

研究背景と目的

 作物や野菜では遺伝的改良よって様々な優良品種が作出されています。一方、これらの優良品種の形質をさらにピンポイント改良することで生産性、加工性および市場性を大きく改善できると考えています。そこで、私たちは北海道の代表的な作物であるダイズとバイレショを対象にこれらの改良が簡便かつ迅速に行える技術を確立するとともに、それらの新たな価値の創造を目指して研究を進めています。特に、本学を中心に産官学の連携に注力しながら大豆や馬鈴薯実需者からのニーズを合理的に拾い上げ、的確に遺伝的改良を加えたオーダーメイドの品種を育成することで新たな用途と市場を生み出すことができ、さらには食と環境の調和を図ることができると考えています。

研究内容

  • 遺伝的改良技術の開発に関する研究

 遺伝的改良技術の開発における柱の一つはゲノム編集という技術の利用です。ゲノム編集とは図に示すよう任意のDNA配列において二本鎖切断された箇所の修復時におけるエラーを利用して塩基の欠失、挿入、置換などの変異を誘発させるシステムです。詳しい説明は「いいね!Hokudai」のなかで解説されています。
ゲノム編集の説明:https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/article/19072

 一般的に作物におけるゲノム編集は遺伝子組換えを伴うことが多いです。しかし遺伝子組換えは食用用途を考慮した場合、社会的コンセンサスを得るのが難しい局面もあります。そこで、我々は「産官学」一体となって遺伝子組換えを伴わないゲノム編集技術の開発を目指しています。現在、試験段階ではありますがダイズにおいて本技術の確立に成功しました。この技術を応用することで、ダイズをはじめとした様々な作物においてピンポイント改良が従来の育種よりもずっと短い期間で行うことが可能になると考えています。

 

  • 生産性の拡大に関する研究

 作物の生産性の拡大は作物の育種において最も重要な課題の一つであります。私たちは先のゲノム編集技術を活用してダイズの収量性を拡大するための研究を進めています。「他大学」および「官」の研究機関と共同して遺伝子のプロモーター配列を対象にゲノム編集を行うことで遺伝子の発現量を調整しその結果、生産性を向上させる取り組みを行っています。期待される成果として、既存の優良品種において収量性の向上に特化した遺伝的改良を短期間に行うことができると考えています。
研究の概要:https://www.naro.go.jp/brain/innovation/20_30009AB1.pdf

 

  • 低アレルゲン化に関する研究

 ダイズ種子の40%はタンパク質です。さらに、これらのタンパク質の品質は食肉や鶏卵に匹敵すると言われています。一方、これらのタンパク質の中にはアレルゲンとなるものも少なくありません。大豆は発酵の過程を介さない豆腐や豆乳あるいは枝豆として食する場合、これらのアレルゲンの影響を受ける場合があります。アレルゲンを完全になくすことは難しいと考えますが、主要なアレルゲンタンパク質を欠損した低アレルゲン大豆を生み出すことは可能であると考えます。これら一連の研究は「他大学」との基礎的な取り組みになりますが、併せて医学的知見からこれらの大豆を評価する体制も整えています。
研究成果の概要:https://www.affrc.maff.go.jp/docs/project/pdf/jisseki/2019/seika2019-30.pdf
関連論文 [DOI: 10.1007/s11248-020-00229-4, DOI: 10.1186/s12870-020-02708-6]

 

  • 品質と加工性の改善、環境適応性の向上に関する研究

 大豆や馬鈴薯の実需者は品質や加工性に関する様々な問題を抱えている一方でまた、新たな市場性および生産性の拡大につながる様々な情報を持っています。しかしながら、我々研究サイドはこれらのニーズを十分に把握できていません。そのため応用研究を展開する場合、「産学」の連携が必須になると考えられます。例えば、品質が安定することによって加工時に悪くなった材料の廃棄を回避することができ、材料のロスを最小限に抑えることができます。また、味や風味が改善されると製品の購買意欲が刺激されるだけでなく、これまで消費が少なかった国や地域においても波及効果をもたらすことができるようになります。さらに、ストレス耐性や環境適応性を付与することによって、これまであまり作付けされていなかった国や地域においても栽培の機会を提供できるようになります。結果として、栽培地の拡大や市場そのものの拡大に繋げることが期待されます。そのため、的確なニーズの把握とリアルタイムにピンポイント改良できるオーダーメイド育種がそれらの期待を実現できると考えています。

 

  • 新規バイオマス素材の開発に関する研究

 油脂を取り除いた脱脂大豆は年間、2億トン以上産出されます。これらの脱脂大豆は肥料や飼料として利用されています。一方、この脱脂大豆には豊富なタンパク質が含まれています。本研究においてこれらのタンパク質に架橋剤を加えることで生分解性のプラスチックを創成できることを明らかにしました。この大豆プラスチックは化石燃料から合成されるプラスチックの代替となる新素材としての活用が期待されます。また、大豆には様々な種類のタンパク質が含まれているため、架橋の対象となる官能基を変えることによって物性が異なるプラスチックを産生させることができる可能性もあります。これらを通して脱脂大豆の新たな用途を見出すことによって新しい産業の創出に繋がることが期待されます。
関連論文 [DOI: 10.20964/2021.01.74, DOI:10.1016/j.ijbiomac.2020.02.025]

ダイズ、バレイショ:本文中では植物名として扱っています
大豆、馬鈴薯   :本文中では食材および素材名として扱っています