主要な農機具標本の紹介−2


全国の鍬類

 明治時代中期までの日本農業は、畜力を用いない人力のみの農作業で特徴付けられ、鍬と鎌は万能の作業具として必須のものであった。この条件下での鍬は、耕起、砕土、畦立て、溝切り、覆土、中耕、畔塗り、溝浚え、収穫時の堀取り用具となり、用途に応じて多様な形態が発達して名称まで変わることもあるが、一年中手離さない農具であった。さらには、地域慣行や野鍛冶の技術によって地域独特の形態が発達し、農村文化のシンボルと言って過言でない。
 所蔵する鍬類の標本は、南は沖縄県から北海道までの風呂鍬、金鍬、平鍬、備中鍬、鶴嘴、唐鍬、鋤などと、アメリカから輸入した鍬を加えて100余点になる。近年、全国的に博物館や記念館が作られ、そこに鍬類が多く収蔵されているが、それぞれ地元のものに限られているため、ここ以外に全国の鍬を一堂に集めた例はないであろう。
左の写真で棚の前に並べた6丁の鍬は、刃部と柄の角度の違いによって並べたもので、角度の大きい方が力を込めて打ち込む耕起用であり、角度が小さいと力より仕上げ用の溝浚えや畔塗り用となる。しかし、最も手前の鍬は、アメリカから輸入した草削りのホーであり、大きさ重さ共に日本人向きに出来ていない。


暗渠用の土管

 田畑の地下に溝を掘って柴や石または素焼き土管を入れて覆っておくと、表面の水は土壌を浸透して溝に到達し、容易に排水されるため乾田化に有効である。この暗渠排水技術は、すでに江戸時代の後半に紹介されて一部の農書に記載されているし、明治維新になると開拓使から留学費を受けた津田仙の「農業三事」を初め、暗渠に関する翻訳書が出て知識としては相当理解されていた。しかし、特に東日本の単作地帯で、肥料の流亡を防ぎ、春の用水不足に備え、耕起を容易にするなど理由で冬に湛水する慣行があったため、知識としての排水技術は、農業現場には受け入れられなかった。
 1977(明治10)年に農場長になったブルックス教授は、畑の排水が悪いことを見て、早速に暗渠土管製造器を輸入し、現在の札幌駅北一帯の畑から順に暗渠排水を行って収量を増加させると共に、その手法の普及に努めた。1886(明治19)年には今の江別市に暗渠土管製造業者がいくつか存在した記録があるため、農学校で暗渠排水を行った実績を見て急速と言わないまでも土管暗渠技術が広がり始めた証になる。本格的に暗渠の効果が認識されるのは、篠津に牧場を拓いた町村敬貴が暗渠を全面的に導入し、泥炭地に立派な草地を作り上げてからである。
上の写真は、ブルックスが設置した暗渠の土管で、本邦最初の暗渠土管でないかと思われる。これは農具以外の標本であるが、収蔵品中での貴重品である。


明治の畜力農具

 前ページに農学校が所蔵する農具を1900年に撮影した写真を示した。その中にリーパーやスレシャーがあって大農経営の一端を説明したが、同じ写真に写っている左の機種を例にして輸入農機具の波及効果を考える。
 写真は、豆やコーンを播く畜力牽引の播種機であり、車輪に支えられた上部の木製ホッパーから繰出された種子は下側に突出した播種部で地表に埋められる。写真右の小車輪の部分は、播種機を引く馬が畦からずれても播種機は同じ畦間隔で播いていけるように御者が操縦する装置である。このような大型播種機が国産化されるのは、それから80年も後の1965(昭和40)年のトラクター農業の時代である。しかし、播種機に限らず、これら輸入農具は開拓使の官園や御料牧場、また、明治中期に多数発足した華族農場など大規模経営農場で使っていたから、その気になれば誰でもがいつでも見ることが出来た。そのため1880(明治13)年に和洋農具と題した農具の本が出版され、これらの輸入農具を図示しているのが好例である。
 それが実際に国産化されるのは前述のように脱穀機や犂が明治末期から大正時代にかけてであり、大型播種機や収穫機は昭和中期となる。これらの遅延理由としては、第一に農家の資本力が指摘されるが、他方で農具供給を担った鍛冶屋や農具製作所の工業技術と資本の蓄積が課題になる。さらに播種機等では地域毎に高畦と平畦、株間と畦間など栽培慣行が異なり、機種毎に一律の仕様で製作できなかったことも障害になった。では、輸入農具は何も貢献しなかったかと言うと、それらの機構は多くが国産機に真似られているものの、まず輸入機の構造と機能を見抜き、それを簡便化し、小型化をしながら地元にあった構造に再構築して国産品を生み出すという手順が必要であった。収蔵する標本群を見ると、国産機の大発明と言われるものも、これがヒントになっていまいかと推察できる機構が幾つも見出せる。



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