第2農場建物の解説−2

 左図はコーンバーンの部分横断面図である。

 前ページに続いて簡単に建物の農業上の用途と建築史的解説をする。


コーンバーン(穀物庫)
 コーンバーンは、上のタイトル図および別の写真集に示すような構造であり、1877(明治10)年にブルツクス教授の設計によって玉蜀黍(コーン)を貯蔵する施設として建てられ、1911(明治44)年に現在地に移設したものである。さらに1973-4(昭和48-49)年には、重要文化財として完全に解体しての修復工事がされている。
 建物の桁行が6間半、梁間が5間(正確には40ftx30ftの方が合致する)あり、高床式、2階建、切り妻造りバルーンフレーム構造と言う特色ある建築物である。建物全体は、49本の高さ約1mの束石の上に乗った高床式であり、側廻りの束石には鼠返しを設け、入り口は取外し可能な木製階段が付いているから、貯蔵庫に鼠1匹も入れない配慮がされている。1階の壁に相当する外廻りは、数cm開いた簀子堅坂張りとなつており、その半間内側(90cm)の簀子板張り壁との間にコーンを収納して、自然通風をしながら貯蔵できるように配慮している。1階中央には穀類などの種子を貯蔵する小部屋を設け、2階から袋入りの種子が落とし込めるようになっている。階段を上がった2階は、修復保存工事で木材強度に不安を抱いて仮設の柱が立てられているものの、元来は全く柱のない1面の床になっており、おそらく種子を広げて乾燥した場所と考えられる。現在地に移設後、隣接する収穫室の2階から穀物を直接撒送出釆るように高架式廊下が架けられ、搬送上は大変に省力されたが、鼠の食害は急増したと推定される。

収穫室および脱ぷ室
 麦を始めとする穀類の収穫作業は、圃場での刈り取り作業、稲藁や麦桿を大束や小束に縛る結束作業、乾燥のための架干やにお積作業、搬入する運搬作業、穂先の穀粒を落とす脱穀作業、穀粒に混入した藁屑などを除外する選別作業、それに稲麦では穀粒を包む皮を剥ぐ籾摺り作業などが必要である。したがって収穫室は後半の脱穀から籾摺り迄の作業を行う部屋で、脱穀機と唐箕またはスレッシャーを収容した作業場である。脱ぷ室の「ぷ」は、「浮」のサンズイヘンをノギヘンに変えた常用漢字外の文字で穀物の外皮や籾殻を言うから、脱ぷ室は籾摺り部屋となる。
 間口9間、奥行き4.5間の1棟を真二つに分けた収穫室と脱ぷ室は、収穫室のみ2階建てにして穀物庫と連結している。両室は、これら収穫調製作業機を収容して稔りの秋に多忙な作業を行っていた場所となる。移転前の当所の建物は、収穫庫とそれにL字型に繋がった肥料庫と想定されるが、共に1880年代に建築されているものの経過は明確でない。それを1911(明治44)年に現在地に移転して収穫室と脱ぷ室に仕上げて使用し、さらに1972(昭和47)年に文化財としての復元作業がされた。
 同棟の西側には、1912(大正2)年に増築された札幌軟石造りの小部屋があるが、この中に当初はスチームエンジン、間もなく石油エンジンを導入して作業機の動力源とした場所である。

秤量室
 この建物は、間口2.5間、奥行き3.5間の平屋建てで、両側の扉を開くと側壁と屋根のみの門のように広がり、乾草を満載した荷馬車でもゆうゆうと通過できるようになっている。その中には建物幅のトラックスケールを収容し、乾草などの積載量を絶えず計量して圃場の収穫量を計測した所である。
 最初のトラックスケールは、1878(明治11)年にアメリカから購入してモデルバーン入り口に設置され、牧草品種別の収量調査と収容量の集計に使わっていた。しかし、現在の北18条に移転する際に畜舎2階への通路が無くなったことから、圃場への通路間際の現在地に秤量室を新築すると共に、新しいトラックスケールに更新することとして、1910(明治44)年に建物と秤を新設して現在に至っている。今も給油・整備さえすれば計量が可能である。

釜場
 釜場は、間口4間、奥行き5間の札幌軟石造りの平屋建てであり、名の通り大きな竃(かまど)と釜を備えて豚などの餌を煮こみ、その隣の囲いのある床に広げて混和した家畜飼料の加工場である。建物の半分は部屋になっており、ジャガイモなど飼料を貯蔵する部屋だったかと考えられる。
 この建物も最初の建築年次は1880年代としか分からないが、1910(明治44)年に全く同型で移築されたこと、1972(昭和47)年に修復工事がされたことは明確である。この建物は、どっしりとした重量感があり、画家や写真家に好評であり、そのモチーフが札幌駅前通りの歩道にタイルで描かれている。

製乳所
 製乳所は、言葉通りに搾乳した牛乳を加工した場所であり、移転前の建物は木造で耐用年数を過ぎていたことから、1911(明治45)年に新たに長さ6.5間、間口3間の煉瓦造りで新築した。建物内部は大きく3つの部屋に分かれ、通路の東側には窓から氷を入れるようにした冷蔵庫、西には機器と人の洗浄室を配置し、中央の市乳とバターチーズを作る加工室には洗浄後に出入りして雑菌が混入するのを防ぐようになっている。

解体された附属建物
 重要文化財に指定されてから、獣医学部と低温科学研究所の関係で解体された建物施設には、常夫小屋、家禽舎、鍛冶場、蹄鉄場、馬具室、細工場、農具置き場、堆肥室などがある。


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