第2農場の歴史概要


写真は建築計画時のモデルバーン図、1876年:北大図書館蔵
2階に向かって傾斜路を設け、牧草を積んだ馬車が直接出入りできるように配慮してある。



農場の変遷

 クラーク博士は農業教育には実践が必要として、開校早々に現在の札幌キャンパスを包含した「札幌官園」を農学校の「農黌園(カレッジファームの訳)」として移管を受け、「第1農場」は学生の教育と研究用とし、「第2農場」は日本人になじみのない畜産経営の実践農場とした。

左図に示す概略図では、「農学校」と示した部分が現在の「札幌時計台」(当時の時計台は現在地より一条北側、歩道脇のビル壁面に石の案内票がある)の場所です。一方、農場は現在の北大キャンパスとほぼ同じであり、今の南門正面一帯に第1農場施設、今の環境研から大計センター一帯に第2農場施設が配置され、キャンパスを縦貫するサクシュコトニ川に沿って両農場の境界が設けられた。北18条の西方向に入り込んだ地域は現在の道立工業・衛生試験場等のある場所です。農場西側は川の改修によって境界の起伏が減り、現在の下手稲通りが農場の境界(川は道路の下に埋められている)になった。

 クラーク博士の構想によって畜産経営の実践農場として始まった第2農場には、模範的な家畜房を建て、多数の畜力農機具や外国種の牧草、家畜を導入して洋式農法を実現し、北海道畜産の普及拠点となった。
たとえば、ブルックス博士は、農学校教育ばかりか、各地に出張して農家指導を積極的に行い、札幌の丘珠にタマネギを普及したのを初めに各種作物を輸入・導入して大きな貢献をしている。最初の畜舎となるモデルバーンは、同じ図面で真駒内・静内などの官営牧場に建築されて畜舎の原型になった。また1889(明治22)年に導入して日本最初と推定される乳牛ホルスタイン種は、生産した雌牛を繁殖農家に配布して品種改良に多大の貢献をしている。なお、最初に導入したホルスタイン種の血統は今も農場で継承され、最近生まれる雌牛は1100代目を越えており、血統継承の面で珍しい事例である。
本邦への畜産導入は、成田の御料牧場を根拠地にした技術導入が嚆矢とされているが、クラーク構想の遺構である札幌農学校第2農場は、畜産経営の実践農場として多くの波及効果を生みだし、もう一つの発祥の地である。


農場施設の配置

 建設当初の第2農場は、現在の大学本部の建物の裏側、1891(明治24)作成の左図のように環境研から大計センターの一帯に施設を置き、圃場は北24条の先およそ北28条まで広がっていた。しかし、現在の札幌時計台一帯にあった札幌農学校校舎が、帝国大学への昇格を契機に第1農場内に移転することとなったため、第2農場は1910(明治43)年に北18条以北に縮小され、畜舎施設群は現在地の重要文化財の場所に移設された。ここで最新技術であるサイロのある新設畜舎を加えて再出発し、1979(昭和44)年まで農学部附属農場第2畜産部として利用された。

建築当初の施設は、1891年の図のようであり、今も大学本部建物の基礎高さに対して現在のテニスコートの基礎高さが3m程度低いことを利用して巧妙に建てられている。すなわち窪地に畜舎を建てると、2階の床高さがおよそ本部建物基礎面と同じになるため、牧草を満載した荷馬車は道路から直接2階に入って荷下ろしが出来て、牧草を運び上げる必要がないようになっている。また、反対側には板張りの下り坂があり、空車になったトレーラーは2階を通り抜けて出て行くため、複数の馬車が交差しないようになっている。畜産経営で主要な飼料となる乾牧草は、嵩張って量が多くて搬送に多くの労力を要するため、このような配慮をして省力化した。

 北18条に移転してからの配置図は、1955(昭和25)年に作成した左の図であり、重要文化財として保存される時点で、現在の馬場と獣医学部敷地に懸かる部分の建物が撤去された。

図の建物名(1891年の図も同じ)



図番号   施設名

 1    事務所

 2    種牛舎

 3    牧牛舎

 4    モデルバーン

 5    コーンバーン

 6    収穫室および脱ぷ室

 7    秤量室

 8    釜場

 9    精乳所

さらに、1975(昭和40)年から始まった農場の近代化整備の下で、第2農場を利用してきた第2畜産部が、さらに西側(現在の畜舎のある地)に移転して今日に至るが、旧建物の用途がなくなると、1979(昭和44)年に国から重要文化財に指定された。その後、文化庁の手で建物群は全面解体をして保存と原状復帰工事がなされ、24時間ガードマンに見守られながら今日に至っている。


 一方、この農場の近代化整備過程で農場の畜舎屋根裏等から多くの農機具が発見され、それらがケプロン、クラークらが手配した明治初期からの数百点の輸入農具、全国の鍬類など貴重な農機具標本であることが判明したため、整備後の重要文化財建物に収容された。本邦の畜産発祥地とされる御料牧場が、成田空港開設のために移転を余儀なくされ、移転時に一部を残してほとんどの標本を廃棄した経過がある。これに比べて「札幌農学校第2農場」は、農業・建築・農業機械各分野の資料を集積した展示施設となって農業技術史上でも貴重な宝庫となった。


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