北海道の農業開拓


写真は開墾風景、1911年撮影
北大図書館蔵



北海道開拓の概要

今日の北海道農業は、120万haの農地と10万戸の農家により、日本農業の10%を生産して食料生産基地を自負しているが、わずか120余年前は、松前から函館近郊を除いてすべて原始林に覆われ、無数の鮭や鰊が漁れる未開拓地であった。しかし、明治維新の新政府は、政治体制もままならぬ時から北辺開拓が不可欠となり、膨大な国家予算を投入して殖民を推奨して北海道開拓を始めた。
 左の図は、開拓初期から1937(昭和12)年までの農耕地面積(実数)と農家戸数(昭和12年を100とする指数)の推移を示すが、図から土地面積と農家戸数が半数を越える時は、道央の戸数を除いていずれも明治末期となり、道央部で始まった開拓が十勝など全域に広がるまでに40年も費やしたことを示している。これは寒冷地に適した農作物を見出し、栽培法を確立するまでに時間を費やしたことに尽きるが、開発政策の不備、入殖者の資金不足、農産物の流通機構の未発達、広大な特殊土壌の存在などが阻害したと言われる。

 江戸時代末期から始まったソ連の南下策に対抗して北辺鎖鑰(さやく:防備)を急ぐ北海道開拓使次官(1874年長官に昇格)の黒田清隆は、未開地北海道の殖産興業の方策を模索し、1871(明治4)年に渡米して海外技術者の支援を求めた。それに応じて来日したのは、1867年にアメリカ農務局長に就任したばかりのケプロン(Horace Kepron)、地質鉱山学のアンチセル(T. Antisell)らであり、彼らは3年にわたって北海道の踏査を行い、その開拓手法は畜力機械化畑作・畜産であると献策した。稲作一辺倒で来た入殖者にケプロンの献策を受け入れさせるには、大陸入殖200年でミシシッピ川以東を拓いたアメリカに学ぶよりないと考えた黒田清隆は、技術普及を担う官園(今の農業試験場)にダン(Edwin Dann:畜産)、ボーマー(Bormer:園芸)らを招請し、開拓の中堅技術者を養成する札幌農学校には、クラーク(W.S.Clark)、ホイーラー(W.M.Wheeler)、ペンハロー(D.P.Penhallow)およびブルックス(W.P.Brooks)らを招請した。彼らお雇外国人は、府県で「知識ばかりで技術が伴わない」との悪評があったが、彼我共に未知の新開地開拓の場では、彼らの技術を充分に発揮して北海道開拓に大きな貢献をしたと言える。

 札幌農学校は、1876(明治9)年8月にマサチューセッツ州立農科大学長のままで来日したクラーク博士を教頭に迎え、北海道開拓の中核人材を育成するために開校された。クラーク博士は、滞日わずか八ヶ月にして農学校教育にキリスト教の精神を導入し、宮部金吾、内村鑑三、新渡戸稲造などの文化人を生むに至る自由自立の教育法を残し、「Boys be ambitious!」と叫んで帰国したことはあまりにも有名である。

写真は、後方が代掻きと均平作業、手前が田植えと苗運び(畦畔の上)作業、1911年撮影

 江戸時代までの日本農業は、零細規模の水田経営に主力があったため、畜力をほとんど利用しない世界に希な農業形態であった。そのため、稲作の「わら文化」で育った開拓者にとって、畑作や酪農を営み、薯やパン、牛乳やバターなどを利用した生活は、想像すら出来ない時代であった。加えて畜力機械化となると、普及する行政側も利用する開拓者も全くの未知の技術であったため、普及には多くの困難を伴った。幸いに明治維新の混乱時に団体で入殖した武士階級の開拓者達が、海外技術を積極的に受け入れようとしたため、思ったより早く普及したとも考えられる。
 一方、入殖者達は、気候風土から見て稲作が困難であると理解でき、かつ、行政から稲作が禁止されていながらも、稲作に極めて強いあこがれがあった。そのため、風呂水で灌漑してまでも稲作を成功させた中山久蔵らの美談が生まれることになる。これら動機は歴史家が米食へのあこがれと説明しているが、それに加えて生活と農業に利用する多くの用具が稲藁(わら)で作られていたことから、稲わらの必要性が高かったことも加えるべきである。そして1900年ごろには稲作が急速に伸びて試験研究も本格化し、育種・防除・保温折衷苗代などの独自技術が発達して、今日の日本一の米産地の基礎が作られた。同様に畑作畜産技術の開発改良が進むと共に、第1次世界大戦による雑穀の暴騰や薄荷に需要増加などによって実力を貯え、流通事情の好転とともに畜力機械化畑作・畜産もようやくにして定着した。
 近年のガット体制受け入れによって農産物市場の障壁撤廃は、北海道農業に深刻な影響を及ぼし始めており、さらなる農業技術の進化や農業政策の根本的改革を求めている。


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